2025年7月26日土曜日

『仮定法』が難しそうに見えるのは、簡単だから?(1)

「高校では、”仮定法”というのが出てくるが、とにかく難しくて、どうせ分からないだろうけど、分からなくても気にするな」と、中学校の卒業が近づいてきたころ、英語の授業中に、先生が言っていた、

というのは、ある人から聞いた話ですが、仮定法は難しい、という認識が一般的なようです。


 でも、仮定法をつくっている発想そのものは、ごく簡単です。


 言葉は、単語のやり取りから、単語をつなげた文章になり、しだいに複雑な内容が表現されるようになりました。

 ついには、現実の事態ではないことまで表現できれば、より便利だということになり、仮想(仮定)の事態を表現するために、『過去形』が使われるようになりました。

 『過去』は、『現在』にいる人にとっては、過ぎ去った時間域で、そこで新しい「うごき」をおこなうことはできないからです。

 つまり、『過去形』には「実現不可能」のイメージがある、と考えられたのです。


 したがって、仮定法で使われる「(カタチの上での)過去形」は、

「現実の世界」で使われる「本物の過去形」ではありません。


 ところが、「現実の世界の過去形」と「仮定の世界の(カタチの上での)過去形」が、一緒に使われると、その過去形が、「現実の世界の、過去の”うごき”」を表しているのか、「仮定の世界の、非現実の”うごき”」を表しているのか、読む側、聞く側が、状況に応じて判断しなければなりません。


 「仮定の世界」の”うごき”を表すための専用の語形があれば、これは「仮定の世界」の話だ、とすぐにわかるのですが、そうなると、沢山の「仮定法の助動詞・動詞の語形」を覚えなけばなりません。


 それに比べて、「(カタチの上での)過去形」を使って、「現実の世界」ではない「仮定の世界」を表す方法は、じつにシンプルです。ただ、そのシンプルさが、かえって混乱のもとにもなります。

 原理が簡単だから、かえって仮定法は難しそうに見える、ということになります。

 

 この仮定法にともなう混乱は、「現実の世界」と「仮定の世界」を分ければ解消します。


 「現実の世界」では、動詞、助動詞に、『現在形』、『過去形』があって、たいていの場合、語形が違っています。


 「仮定の世界」では、「カタチの上での過去形」が使われます。

したがって、

「仮定の世界」の『現在形』は、「カタチの上での過去形」ですが、


「仮定の世界」の『過去形』はどう表すかというと、

「単独で、”過去のさらに前の時間”、を表す語形」は無いので、

「仮定の世界」の『過去形』は、

やはり、「仮定の世界」の『現在形』と同じ「カタチの上での過去形」です。


 つまり、「仮定の世界」にも、

『現在形』と『過去形』があるのですが、

その語形は、同じ「カタチの上での過去形」です。


 ちなみに、「仮定法では、”時制の一致” は起らない」と言われますが、

「仮定の世界」でも、「時制の一致」は起こっています。

 ただ、「仮定の世界」では、『現在形』も『過去形』も、形が同じなので、『時制の一致』によって、『現在形』が『過去形』に変わっても、

見かけ上は、同じ「カタチの上での過去形」が使われているので、見かけ上は変化がありません。

 

 「現実の世界」と「仮定の世界」が、同じ場面で使われている、次のような例があります。

 ”My Name Is Aram” ( William Saroyan ) の

"The Summer of the Beautiful White Horse" という話で、

ブドウ畑をやっている人の納屋から白馬を連れ出して、廃農園の小屋に隠しておき、夏の早朝、数週間にわたって乗り回していた ムラド(13歳)とアラム(9歳)の二人の男の子が、早朝、白馬の持ち主の納屋へ、馬をこっそり返しに行くと、数頭の犬がついてきます。


(Aram)   "The dogs," I whispered to my cousin Mourad. 

    「犬だよ」と、僕は従兄(年上のいとこ)のムラドにささやいた。

                   I thought they would(1) bark.

    僕は、犬たちが吠えるだろうと思ったのだ。 


(Mourad) "They would(2) at somebody else," he said.

     「ほかの誰かになら、犬たちはそうするだろうよ」と、彼は言った。

          **    would ( bark )

                  "I have a way with dogs."

    「おれは、犬の扱い方を知ってるんだ」 

  

would(1) は、"thought" によって、過去の文脈に置かれていて、「現実の世界」のことなので、

「現実の世界」の『助動詞』will の『過去形』としての would です。


would(2) は、"at  somebody else" が『仮定』のニュアンスを持っており、

会話をしているMourad は、現在にいるつもりで話しているので、

「仮定の世界」の『助動詞』の『現在形』としての would です。

             **   『過去形』も would です。




2025年7月9日水曜日

西欧中世のカオス的世界(27) Medieval Europe by Martin Scott ( Dorset Press / New YGTheork )

 The classical empire had been essentially urban in the sense that the heart of its political and economic life had been found in the towns.

古典的な帝国は、本質的に都会型だった  /  その政治的ないし経済的な生活の中心部が、都市で発見されてきた、という意味において。 


It had depended on large-scale and regular trade.

その帝国は、大規模で定期的な交易に、依存してきていた。


To foster this trade it had successfully maintained an elaborate system of communications, well kept roads along which merchants and legionaries alike could travel, and above all the peaceful Mediterranean itself as the great central artery of its economic life. 

この交易を促進するために、帝国は、精緻な交流のシステム  //  商人や軍団の兵士たちが同じようにそれを通って移動することのできた、よく整備されていた道路  /  そして何よりも、その経済的な生活の大中心動脈としての、平穏な地中海  //   を、成功裡に維持してきていた。

  

It had depended, too, on the existence of a large professional army controlled from the centre, an army on which the whole 'pax Romana' rested, and on the existence of a large class of highly educated laymen from whom a body of professional administrators could  be drawn;   Pontius Pilate is only the most well known of these essential links in the Empire.  

帝国は、また、// 大規模な戦闘専用軍< 中央からコントロールされていた >・軍隊 [ 'ローマによってもたらされた平和’ のすべてがそれにかかっていた ]  の存在  //  そして、大規模な階級を成していた、高度な教育を受けた一般人 [ その人々から、一群の専門の行政官が抜擢され得た;ポンティウス・ピラト【イエスの処刑にも関わったユダヤ属州総督】は、この帝国の、これらの極めて重要な繋がりを形成していた人々のなかの、もっともよく知られている人に過ぎない ] の存在  //  に、依存してきていた。 












2025年7月5日土曜日

ジブラルタルの岩へケーブルカーで(6) The Cable Car to the Rock of Gibraltar


The Pillars of Hercules:    A Grand Tour of the Mediterranean 

   ヘラクレスの柱:  地中海のグランド・トゥアー

                                                                               by Paul Theroux

                                                                                                        (Penguin Books )   より



     The pillars marked the limits of civilization, "the end of voyaging," Euripides wrote;   "the Ruler of Ocean no longer permits mariners to travel on the purple sea."  

      (二本の)柱は、文明の境界、”航海の終着点” を画していて、エウリピデスは書いた; ”海の支配者【ポセイドン】は、航海者に、これ以上、葡萄酒の色の海を旅させてはくれない。”


And later in the second century B.C., Polybius wrote, "The channel at the Pillars of Herakles is seldom used, and by very few persons, owing to the lack of intercourse between the tribes inhabiting those remote parts ... and to the scantiness of our knowledge of the outer ocean." 

そして、その後、紀元前二世紀に、ポリビウス【古代ギリシャの歴史家】は書いた、 /  ”ヘラクレスの柱の海峡は、滅多に使われないし、ごく僅かな人々にしか使われないが、それは、この僻遠の地に住んでいる諸部族との交流が無いことと...私たちの、海峡の外の海の知識の少なさ、のためである”

* Herakles   この部分では、ギリシャ語由来の表記が使われています。



     Beyond the pillars were the chaos and darkness they associated with the underworld.

 柱の向こうには、人々が地下の世界を連想する、混沌と暗黒があった。


Because these two rocks resembled the pillars at the temple to Melkarth in Tyre, the Phoenicians called them the Pillars of Melkarth.

これらの二つの岩は、ティルス【現レバノンの古代都市】にあった、メルカルト神に捧げられた神殿にある柱に似ていたので、フェニキア人は、それらをメルカルトの柱と呼んだ。


Melkarth was the Lord of the Underworld -- god of darkness -- and it was easy to believe that this chthonic figure prevailed over a sea with huge waves and powerful currents and ten-foot tides.

メルカルトは、地下世界の主 -- 暗黒世界の神 -- だったが、この地下世界の王が、巨大な波と力強い潮流と十フットの潮で、海を意のままにしている、とは、容易に信じられることだった。


2025年7月4日金曜日

ミノア人: ミノア交易帝国の発展(9) The Development of a Minoan TLife

 Minoan Life:   Life in Bronze Age Crete    by Rodney Castleden  

           (  Routledge  /  London and New York  )  より



      Counterbalancing the outflow of products and services was a large range of imports.

  広い範囲にわたる輸入品が、生産品やサーヴィスの流出と、釣り合いを保っていた。


The Minoans seem to have been self-sufficient in terms of basic needs, which must have put them in a position of trading strength.

ミノア人は、基礎的な必需品については自給自足していたようだが、そのことは、ミノア人を、交易において強気な立場に置いたはずである。

* seems to have been:

          *   seems to be = seems「(~と)思える)」+  to be  ( "→ be"  /  be に到達する )  

        =「 ~ であるように思える」

と対比すると、

    *   seems to have been = seems

+ to have been( "→ have been"  /   完了の動詞・不定詞   /  ~であった、という動きに到達する) 

=「~であったように思える」


There was a port called Minoa on the south-west coast of Sicily which may have been a Crete-controlled trading station. 

シシリーの南西海岸には、ミノアと呼ばれた港があって、そこは、クレタに支配された交易基地だったかもしれない。

* may have been:

         *   may be = may + be(動詞・原形  /  (~) である)

      =「(~)であるかもしれない」

と対比して、

  *   may have been = may + have been( 完了の動詞・原形  /  これまで (~)だった 」

=「(~)だったかもしれない」


Quite what the Minoans wanted from the west is not known.

ミノア人が、西方から何を欲しがったのかは、はっきりとは知られていない。


Their interest may have been in Sardinian copper or Etruscan tin;   the Minoans needed tin to make bronze, and the sources of their raw materials are unknown.

ミノア人の興味は、サルディニアの銅やエトルリアの錫にあったのかもしれない; ミノア人は、青銅をつくるために錫を必要としていたが、それらの原料の供給元は知られていない。


The tin may have come from Etruria, Bohemia, Spain, or even Britain.

  その錫は、エトルリア、ボヘミア、スペインから、あるいはブリテンからさえも、来たのかもしれない。

*   may have come

=  may [ 助動詞・現在形  /  『現在』おいて「かもしれない」と判断 ]

  +   have come 「(これまでに) 来てしまった」

=「来たのかもしれない」 


Britain may also have been the trade-source of the small amount of amber found in Crete.  

ブリテンは、また、クレタで発見された少量の琥珀の輸入品供給地だったかもしれない。


A gold-mounted disc of amber found at Knossos may have come from the Wessex culture of southern England.

クノッソスで発見された、金で装飾されている琥珀の円盤は、南部イングランドのウェセックス文化から来たのかもしれない。


2025年7月3日木曜日

『 ”時・条件の副詞節” では、「未来の動詞 ( will do )」を「現在の動詞(動詞・現在形)」で代用する』は、「錯覚」では?(4)

 "My Name Is Aram" ( William Saroyan )  の "The Summer of the Beautiful White Horse" の続きで、

Aram を振り落として駆け去った白馬をつかまえた後、Mourad は、


I can get it(= the horse ) to want to do anything I want it to do.   

「自分は、馬にしてもらいたいことを、なんでも、馬がしたいと思わせることができる」


と言い、その秘訣を、

I have an understanding with a horse.  「俺は馬がわかっているんだ」

と説明するのですが、


Aram が、自分もその understanding を身に付けたい、と言うと、Mourad は、

  

You're still a small boy.   「君はまだ小さいからな」

When you get to be thirteen you'll know how to do it.

「君が(俺と同じ)13歳になれば、どうすればいいかわかるよ」

と言います。

Aram がいずれ13歳になることは確実なので、『現在形』"get" が使われます。


get to be thirteen = get「動いて」+  to be「be に到達する」+ thirteen

          =「13歳になる」


 その後、Mourad がその白馬を、一か月間、廃農園の小屋に隠していたことを知った Aram は、

I want you to promise not to take it back until I learn to ride.

「僕は、君に、僕が乗り方を覚えるまで、馬を返さないと約束してもらいたいんだ」

と Mourad に言います。

 Aram が馬に乗れるようになるのは、先の時間域においてですが、

Aram としては、なんとしても乗れるようになりたい、絶対に乗れるようになるんだ、という思いで、必ず実現する「うごき」というニュアンスで、『現在形』"learn" を使っています。


 しかし Mourad は、

It will take you a year to learn to ride.

「君が乗れるようになるには、一年かかるだろうよ」

と返します。

 Aram が Mourad のように乗れるようになるのにどれくらいの時間が掛かるかは『推測』するしかないので、"will take" が使われます。


その後、

( Aram )  We could keep the horse a year.   「(その気になれば)一年、馬を手元に置けるよ」

 * could= 会話のやり取りという『現在』の文脈での発言なので、

       could は「現在における”過去形のカタチ”」であり、

       したがって、「仮定の世界」の『助動詞』の『現在形』です。

                                                                                          ( 『過去形』も could です )

( Mourad )  What?   Are you inviting a member of the Garoghlanian family to steal?

   「(正直さて知られている)ガローラニアン一族の人間に盗みをしろっていうのか?」 

     The horse must go back to its true owner.

     「馬は本当の持ち主のところへ帰らなきゃいけない」

( Aram )   When?

( Mourad )   In six months at the latest. 「遅くても6か月後には」


というやり取りがあり、さらに二週間、早朝に馬に乗り続け、馬を廃農園の小屋へ連れて行く路上で、二人は白馬の持ち主の John Byro に出会い、

John Byro は、馬を良く見たうえで、


I would swear it 'is' my horse if I didn't know your parents.

「君たちの親御さんを知らなければ、私はこれは間違いなく自分の馬だと言い切るだろう」

  ( would swear ,  didn't know = 『仮定法・過去』 )

The fame of your family for honesty is well known to me.

「君たちの一族が正直で有名なことを、私は良く知っている」

Yet the horse is the twin of my horse.  「でも、この馬は、私の馬に瓜二つだ」

A suspicious man would believe his eyes instead of his heart.

「疑い深い人なら、自分の心ではなくて自分の目を信じるのだろう」

( A suspicious man が『仮定』のニュアンスを持つので、

would は「仮定の世界」の『推量の助動詞』で、

会話の当人 John Byro は、『現在』にいるつもりで話しているので、『現在形』です。)


Good day, my young friends.

Good day, John Byro, my cousin Mourad said.


 この出会いの翌朝、二人は白馬を John Byro の納屋へ返します。