2016年9月29日木曜日

西欧中世のカオス的世界(9)

" China Between Empires : The Northern and Southern Dynasties  "
 の
"6.  China and the Other World "        (p 144)  

 『漢』帝国が滅んで(A.D, 220)からの東アジア大陸の広大な中央部は、北方から進入してきた遊牧系の人々と、それに追われて南方へ移動した北方の定着民によって、南北に分断され、その後、『隋』によって再び統一されて、さらに『唐』に引き継がれましたが(隋唐帝国)、『帝国に挟まれた時期の中国』は、漢の崩壊から隋による統一に至る、約四百年にわたる南北(北方はさらに東西にも)分裂期を指しています。

 ヨーロッパ大陸における民族大移動という現象の発生に呼応するような、というよりもその遠因になったと思われるユーラシア大陸東部における民族大移動を、しばらく見ていきたいと思います。


(a)  The Qin conquests [that created the first Chinese empire in 221 B.C. ]
        S    s  v            o
roughly defined the borders of  the Chinese people and their culture.
                V               O

秦による征服は、紀元前221年に最初の帝国をつくり、人々や文化のまとまりがどの範囲までかを、ほぼ決定した。


(b)  Post-Han attempts< to extend the empire /into the northern steppes,
         S           v’      o'
central Asia, southern Manchuria, Korea, and continental southeast Asia> were
                                                                              V
generally short-lived, and the peoples of these regions  remained beyond
         C        S           V   C       Chinese  control.

(to extend 単独では(助動詞 be が無ければ)“V”になれないため、正式な文ではなく意味上の文であるということで、 v'、o' で表しています)

漢が滅びた後の、(概念上の)帝国としての領域を北方の大草原地帯、中央アジア、満州南部、朝鮮、東南アジア内陸部にまで広げようとするこころみは、おおむね長続きせず、これらの地方の人々は、帝国の影響の外に居た。


(c)  Nevertheless, the surrounding non-Chinese cultures played a crucial role in
                         S    V      O  
Chinese civilization.

それでも、帝国の領域をとり囲む異民族の文化は、チャイナ文明において決定的に重要な役割をはたした。


(d)  Their states shaped the Chinese empire, and their peoples ruled the Yellow
      S    V         O                       S          V       
River basin, the traditional Chinese heartland, for about half of Chinese imperial
           O
history after the Han dynasty's collapse.

異民族の諸国家はチャイナ帝国をつくり、異民族が、伝統的なチャイナの中心部である黄河流域の低地地帯を、漢王朝の崩壊後のチャイナの歴代帝国史の半分ほどの期間、統治した。


(e)  Conversely, neighboring peoples< not ruled by China> adopted many
                S               V
features of Chinese culture and politics,
   O
and by the reunification of China in 589 /they formed part of a larger East Asia,
                                                               S      V          O
or perhaps a pan-Asian, world system.

その反面、チャイナに統治されない周辺諸民族は、チャイナの文化や政治の要素を取り入れ、589年のチャイナの再統一までに、帝国の範囲を超える東アジア、あるいはアジア全域におよぶ広汎な世界システムの一部をつくった。


  秦・漢(秦漢帝国)によってひとたび広範囲を統治する帝国が成立して以来、隋、唐、宋、元、明、清、共産党による帝国が、それぞれ比較的短い混乱の中から成立してきましたので、漢と隋の間の長い混沌の時期は例外のようにも感じられますが、たとえば詩の魅力が唐代をピークとしていて、江南の六朝文化などがその準備過程にあったと考えると、このカオスの時期は、後にルネサンスを花開かせる準備をした、かつては暗黒と言われた西欧の中世期のような、文化的な胎動の時代だったようにも思われます。


 ところで、『英語はこうできている』という題のメルマガを、『まぐまぐ!』様のシステムをお借りして、発行しております。

 たとえば、
『過去形』と『過去分詞』はどう違うのか?
『現在形』と『現在分詞』はどうなのか?
 などは、英語に触れるうちに自然に湧いて来る疑問と思われますが、
英語圏で成長した人ならば極く自然に把握できるニュアンスの違いが、『過去分詞』、『現在分詞』のような要素を持たない日本語(過去分詞、現在分詞が表そうとする内容は表現できますが、これらに相当する文法的要素はありません)の文化圏に住む我々は、(多少、理屈っぽくても)なんとかしてその概念を摑まなければなりません。

 簡潔に言えば、
『過去形』、『現在形』は、動きの、『時間』の中における『位置』を表すのに対して、

*『過去分詞』は、(時間の外から)時間に乗って上流から流れて来る動きを認識したもの、
*『現在分詞』は、(時間の外から)正面を時間に乗って流れている動きを認識したもの、
ということなので、『方向』を表していると言えます。

  『過去分詞』、『現在分詞』は、それぞれにふさわしい『助動詞』と組み合わされ、
さらには相互に組み合わされて、たとえば『未来完了受動進行形*』のような複雑な動きも表現しますが、これも、『過去分詞』、『現在分詞』の簡単なイメージから組み立てられているに過ぎません。

* The lost probe will have been being searched for a year tomorrow. 

  (行方不明の宇宙探査機は、明日で一年間探し続けられていることになる)


 いまは、実例として、
(A)  "Under a Crimson Sun"(赤色矮星を回る惑星における生命発生の可能性)
       (David S. Stevenson)

 (B) " Great Girls "   (カナダの女子スポーツ選手の列伝)
  から、男子プロ・チームでもプレーしたアイスホッケーの名選手 
  Hayley Wickenheiser の小伝

(C) "Justice"    ( Michael J, Sandel      political philosophy,  Harvard Univ. )  

を取り上げています。


 "Under a Crimson Sun" では、著者によれば、質量の小さな赤色矮星は、質量の大きな恒星(重い分、重さに耐えるために核融合反応が激しく、短命)に比べて、寿命が極めて長いので、 主星からの距離が、水が液体で存在し得る領域(habitable zone 生命の住める領域 )にあれば、生命が発生して進化する可能性が大きいのではないか、とのことでしたが、折しも、

 地球に最も近い(4.2光年)恒星である プロキシマ・ケンタウリのハビタブル・ゾーンに地球型(岩石)惑星プロキシマb(星系で最初に発見された惑星は、"b" )が確認され、あらためて地球外生命探査における赤色矮星の重要性が認められることになりました。

 従来は太陽に似た恒星の惑星に注目が集まっていましたが、宇宙ではきわめてありふれた恒星である赤色矮星が、生命のある惑星を持つ可能性が高いとすると、宇宙は生命で溢れているということにもなりそうです。


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