中学一年生で、
否定文の次には
『現在進行形』が出てきますが、
Many penguins are swimming in the sea.
「沢山のペンギンが、海で泳いでいる」
における are は『助動詞』です。
『主語』many penguins は「時間の流れ」の中にいて、
『主語』many penguins も「時間の流れ」に乗って流れます。
ペンギンだから、時間の流れにプカプカ浮きながら流れる、というかんじでしょうか。
ペンギンがおこなう、swim「泳ぐ」という’うごき’も「時間の流れ」の中にあります。
『主語』many penguins と、その’うごき’ swim が、ともに「時間の流れ」の中にないと、
『主語』many penguins とその’うごき’が接続しない、
つまり、swim が many pengins の’うごき’を表せないからです。
***in the sea
ーーーーーー===------------------------
@Many penguins 時間の流れ→
***swim 自動詞・現在形
ーーーーーー===------------------------
現在
swim も、「やはり、「時間の流れ」に乗って流れます。
ただ、『進行形』で使われる「流れている」という「動きの”状態”」は、
「時間の流れ」の中にいるペンギンには認識できません。
many penguins も swim も、ともに「時間の流れ」に乗って流れるので、速度差が無く、
many penguns は swim(たとえば、流れに浮かぶボールのようなイメージ)が「流れている」というかんじをつかめないからです。
swim(というボール)が「流れている、流れつつある」という”動きの状態”として認識されるには、
「時間の流れ」の外(岸の上)から、”流れている swim というボール”を見る必要があります。
「時間の流れ」の中にいる『主語』many penguins は、”swim(というボール)が流れている状態”を直接に見ることが出来ないので、
”撮影された映像(のようなもの)”として”間接的に” 認識することになります。
その”swim(というボール) が流れている状態”swimming が、
many penguins に接続すれば、
swimming の内容「(いま、もっか)泳いでいる、泳ぎつつある(という”状態”)」が、
many penguins の’うごき’を表すことになります。
”動きの状態”swimming も、
(主語と「イコール」で接続して“主語の状態”を表す形容詞に準じて、)
主語と「イコール」で接続されれば、
many penguins の「泳いでいる、泳ぎつつある」という’うごき’を表すことになります。
***in the sea
***swimming 現在分詞
ーーーーーー===------------------------
***are 助動詞・現在形
@Many penguins 時間の流れ→
ーーーーーー===------------------------
現在
この場合、are swimming が、
many pengins の’うごき’(進行のうごき[ 原型は be swimming ] の『現在形』)
になります。
このように、『助動詞』are は、
「時間の流れ」の中の『主語』many penguins と、
「時間の流れ」の外の swimming を、
「時間の流れ」の中と外を跨いで接続させています。
be助動詞( am, is, are / was, were ) は、『進行形』を成り立たせる必須条件ですが、
be助動詞がどんな働きをしているかを理解すれば、be助動詞の存在を納得できますから、
be 助動詞の機能の説明がどうしても必要で、
ただ、「are swimming は”泳いでいる”という意味になる」と言われると、
消化不良のような受け止めになってしまいかねません。