" China Between Empires : The Northern and Southern Dynasties "
の
"6. China and the Other World " (p 144)
『漢』帝国が滅んで(A.D, 220)からの東アジア大陸の広大な中央部は、北方から進入してきた遊牧系の人々と、それに追われて南方へ移動した北方の定着民によって、南北に分断され、その後、『隋』によって再び統一されて、さらに『唐』に引き継がれましたが(隋唐帝国)、『帝国に挟まれた時期の中国』は、漢の崩壊から隋による統一に至る、約四百年にわたる南北(北方はさらに東西にも)分裂期を指しています。
ヨーロッパ大陸における民族大移動という現象の発生に呼応するような、というよりもその遠因になったと思われるユーラシア大陸東部における民族大移動を、しばらく見ていきたいと思います。
(a) The Qin conquests [that created the first Chinese empire in 221 B.C. ]
S s v o
roughly defined the borders of the Chinese people and their culture.
V O
秦による征服は、紀元前221年に最初の帝国をつくり、人々や文化のまとまりがどの範囲までかを、ほぼ決定した。
(b) Post-Han attempts< to extend the empire /into the northern steppes,
S v’ o'
central Asia, southern Manchuria, Korea, and continental southeast Asia> were
V
generally short-lived, and the peoples of these regions remained beyond
C S V C Chinese control.
(to extend 単独では(助動詞 be が無ければ)“V”になれないため、正式な文ではなく意味上の文であるということで、 v'、o' で表しています)
漢が滅びた後の、(概念上の)帝国としての領域を北方の大草原地帯、中央アジア、満州南部、朝鮮、東南アジア内陸部にまで広げようとするこころみは、おおむね長続きせず、これらの地方の人々は、帝国の影響の外に居た。
(c) Nevertheless, the surrounding non-Chinese cultures played a crucial role in
S V O
Chinese civilization.
それでも、帝国の領域をとり囲む異民族の文化は、チャイナ文明において決定的に重要な役割をはたした。
(d) Their states shaped the Chinese empire, and their peoples ruled the Yellow
S V O S V
River basin, the traditional Chinese heartland, for about half of Chinese imperial
O
history after the Han dynasty's collapse.
異民族の諸国家はチャイナ帝国をつくり、異民族が、伝統的なチャイナの中心部である黄河流域の低地地帯を、漢王朝の崩壊後のチャイナの歴代帝国史の半分ほどの期間、統治した。
(e) Conversely, neighboring peoples< not ruled by China> adopted many
S V
features of Chinese culture and politics,
O
and by the reunification of China in 589 /they formed part of a larger East Asia,
S V O
or perhaps a pan-Asian, world system.
その反面、チャイナに統治されない周辺諸民族は、チャイナの文化や政治の要素を取り入れ、589年のチャイナの再統一までに、帝国の範囲を超える東アジア、あるいはアジア全域におよぶ広汎な世界システムの一部をつくった。
秦・漢(秦漢帝国)によってひとたび広範囲を統治する帝国が成立して以来、隋、唐、宋、元、明、清、共産党による帝国が、それぞれ比較的短い混乱の中から成立してきましたので、漢と隋の間の長い混沌の時期は例外のようにも感じられますが、たとえば詩の魅力が唐代をピークとしていて、江南の六朝文化などがその準備過程にあったと考えると、このカオスの時期は、後にルネサンスを花開かせる準備をした、かつては暗黒と言われた西欧の中世期のような、文化的な胎動の時代だったようにも思われます。
ところで、『英語はこうできている』という題のメルマガを、『まぐまぐ!』様のシステムをお借りして、発行しております。
たとえば、
『過去形』と『過去分詞』はどう違うのか?
『現在形』と『現在分詞』はどうなのか?
などは、英語に触れるうちに自然に湧いて来る疑問と思われますが、
英語圏で成長した人ならば極く自然に把握できるニュアンスの違いが、『過去分詞』、『現在分詞』のような要素を持たない日本語(過去分詞、現在分詞が表そうとする内容は表現できますが、これらに相当する文法的要素はありません)の文化圏に住む我々は、(多少、理屈っぽくても)なんとかしてその概念を摑まなければなりません。
簡潔に言えば、
『過去形』、『現在形』は、動きの、『時間』の中における『位置』を表すのに対して、
*『過去分詞』は、(時間の外から)時間に乗って上流から流れて来る動きを認識したもの、
*『現在分詞』は、(時間の外から)正面を時間に乗って流れている動きを認識したもの、
ということなので、『方向』を表していると言えます。
『過去分詞』、『現在分詞』は、それぞれにふさわしい『助動詞』と組み合わされ、
さらには相互に組み合わされて、たとえば『未来完了受動進行形*』のような複雑な動きも表現しますが、これも、『過去分詞』、『現在分詞』の簡単なイメージから組み立てられているに過ぎません。
* The lost probe will have been being searched for a year tomorrow.
(行方不明の宇宙探査機は、明日で一年間探し続けられていることになる)
いまは、実例として、
(A) "Under a Crimson Sun"(赤色矮星を回る惑星における生命発生の可能性)
(David S. Stevenson)
(B) " Great Girls " (カナダの女子スポーツ選手の列伝)
から、男子プロ・チームでもプレーしたアイスホッケーの名選手
Hayley Wickenheiser の小伝
(C) "Justice" ( Michael J, Sandel political philosophy, Harvard Univ. )
を取り上げています。
"Under a Crimson Sun" では、著者によれば、質量の小さな赤色矮星は、質量の大きな恒星(重い分、重さに耐えるために核融合反応が激しく、短命)に比べて、寿命が極めて長いので、 主星からの距離が、水が液体で存在し得る領域(habitable zone 生命の住める領域 )にあれば、生命が発生して進化する可能性が大きいのではないか、とのことでしたが、折しも、
地球に最も近い(4.2光年)恒星である プロキシマ・ケンタウリのハビタブル・ゾーンに地球型(岩石)惑星プロキシマb(星系で最初に発見された惑星は、"b" )が確認され、あらためて地球外生命探査における赤色矮星の重要性が認められることになりました。
従来は太陽に似た恒星の惑星に注目が集まっていましたが、宇宙ではきわめてありふれた恒星である赤色矮星が、生命のある惑星を持つ可能性が高いとすると、宇宙は生命で溢れているということにもなりそうです。
2016年9月29日木曜日
2016年8月31日水曜日
西欧中世のカオス的世界(8)
"Life and Work in Medieval Europe" P. Boissonnade (p 5) より
『ローマ帝国の勢力圏外でヨーロッパ大陸の世界を形成していた、いわゆる蛮族の諸勢力
について』
Among the varied elements [of which the barbarian world was composed], the most irreducible belonged to Ural-Altaic races.
S V
(ローマ帝国の側から見た)蛮族の、もっとも無視できない一派は、ウラル・アルタイ語族に属していた。
One variety <of these races>, <that of the Finns of the north and east,
S
< consisting of tribes, some nomad and others settled, [which inhabited the zone of forests and marshes /between the Arctic Ocean and the Upper Volga,
covering half of modern Russia ] >>, took no part in the invasions.
V O
このうちの、北方と東方のフィン族には、遊牧民も定住民もいて、北極海からヴォルガ川上流域にまたがる、ロシアの半分に当る地域に住み着いており、ローマの領域へは侵入しなかった。
The other variety consisted of peoples <of Eastern and Central Asia>,
S V
<Huns, Avars, Bulgars, Khazars, Petcheneges (Patzinaks), Magyars, Mongols,
[ who were for the most part mere destroyers ]>.
s v c
他は、東アジアおよび中央アジアのフン、マジャール、モンゴルなどの諸族で、おおむね、破壊ばかりをこととしていた。
Fierce and cruel races, knowing only a nomad life and owing no wealth /save
c’
v" o" v" o"
their herds, they obtained their chief means of existence /from war and rapine.
S V O
s'
s"
彼らは凶暴、冷酷で、遊牧の生活しか知らず家畜の群以外の財産を持たず、主な生活の糧は
戦いと略奪から得ていた。
ローマ帝国と対峙した民族というと、すぐ思い浮かぶのは、ウェルキンゲトリクス(Vercingetorix /ヴェルサンジェトリクス)に率いられたガリア(結局、ローマの版図に組み込まれましたが)のケルト族や、北方の森の民ゲルマン人ですが、これらは(今日の)西ヨーロッパに限定された地域の話で、その東方の広漠とした土地にも当然、いろいろな民族がいて、彼らが西へ移動して(今日の)ヨーロッパ世界が騒然とした状況になりましたが、この移動が起こったのは、さらに東方からのフン族(匈奴?)の暴力的な圧力が、玉突きのように西方への移動の衝撃となって伝播したからで、衝撃が行き着いたヨーロッパでは、比較的狭い大陸(というより、大きな半島)の中で衝撃の行き場を求めての、各々の民族の移動が発生してカオス状態となり、ローマ帝国も、広大な領域を持つ故に、その混乱に巻き込まれることになりました。(つづきます)
ところで、『英語はこうできている』というメルマガを、『まぐまぐ』様を通して発行しています(毎月 7日、17日、27日 発行/ 計 600円+消費税)。
動く物体は、物理法則に支配されているので、たとえば自転車でコーナーをできるだけ速く走り抜けるには、直線ではできるだけ速く走り、コーナーの入り口にもっとも近い地点で一気にスピードを落として(直進しようとする勢いを抑える)コーナーをまわり、コーナーを抜けたらいちはやく加速を始める、という手順になるでしょうが
(一気に減速するには、ブレーキを使うのが効果的ですが、その場合は急減速したところへ後続の自転車が追突する恐れがあるので、競輪では、ブレーキを装備せず、後輪が空転しない機構の自転車を使って、ペダルの回転数を落としてスピードを緩めるようにしています。同じ理由で、オートレースのオートバイにはブレーキが無く、減速はエンジンブレーキだけで行ないます)、
これは誰にでも当てはまることで、人によってはまるで走り方が違う、ということはありません。
別に速く走る必要が無くても、このようにすれば、滑りやすい雪道を安全に走れるので、『乗っているうちにうまくなる』のは確かですが、雪道で初めて自転車に乗る人には、一言、『カーブの手前で充分に減速して』と言ってあげるのが親切でしょう。
英語も、慣れることと並行して、簡単な理屈(言葉は誰でも使うものなので、それを成り立たせている仕組みも、複雑怪奇ということはありません)の説明さえあれば、親しみやすいものになります。
言葉は慣れだ、と言って、簡単な説明さえ省いてしまうと、たとえば中一のはじめに出てくる
He rides a bicycle.
が、
can が入ると
He can ride a bicycle.
となって、rides の "s" が消えてしまうことも、なぜそうなのか、 と気になって、その先へ進みづらくなってしまいかねません(実際に、英語に興味と期待を持って学習を始めた人が、疑問文、否定文に do が出てくるあたりから、抵抗を感じるようになる例が少なくないようです)。
rides は、『動詞の現在形』で、
can ride は、『 can(助動詞の現在形)+ ride(動詞の原形)』です。
『現在形』は、『現在』における動きで、『現在』は『時間の流れ』の中にあります。
(『過去形』は、『過去』における動きで、『過去』もやはり、『時間の流れ』の中にあります)
動きの主人公(『主語』)は、必ず『時間の流れ』の中に居ます(あります)。
He は、『動詞の現在形』とつながっているので、『現在』にいます。
逆に言うと、
『現在形』は、『現在』にいる『主語』とかならず結びつきます(というか、
『現在』の主語に結びつくために、『現在形』になっています)。
ところが、『原形』は、『現在形』でも『過去形』でもないので、『現在』に居る主語とも『過去』に居る主語ともつながりません。
よって、『原形』は、『時間の流れ』の外にあります。
『時間の流れ』の外にある『原形』が、『時間の流れ』の中に居る主語につながるには(主語の動きになるには) 、『主語』との間に入って橋渡ししてくれるものが必要で、
それが『助動詞』で、
ここでは can です。
つまり、『助動詞』can は、『時間の流れ』の中と外にまたがって、流れの中と外をつなぐという、特殊なはたらきをしています。
『現在形』は、『現在』に居る主語にしかつながりません。
したがって、この can は、『助動詞の現在形』です。
『原形』は、『助動詞』につながって、(助動詞を通して)はじめて主語につながります。
rides の "s" が消えたのではなく、
(“s” の無い)『原形』が、 can に接続しているのです。
(『動詞の現在形』rides は、『主語』He にしかつながらないので、
can +『動詞の現在形』rides
というつながりは有り得ません。
can は、『主語』ではないからです)
ということなのですが、
大事なのは意味・内容をつかむことだから、『助動詞』だとか『原形』だとかはどうでもいい、という感想もあるかと思います。
ところが、
『時間の流れ』の中の『主語』に、流れの中の『助動詞』がつながり、『助動詞』がさらに流れの外の『動詞(原形など)』につながって、『主語』のうごきを表す、
というのは、『do not の否定文』も、『進行形』も、『完了形』も、『受身(受動態)』も、
さらに、これらが組み合わされた、たとえば『 (現在、過去、未来)完了進行形』も、同じです。
つまり、英語が複雑そうに見えるのは、いろいろな表情の『うごき』を表すために、いろいろな
『助動詞』+『動詞(原形など)』
の組合せがあるからで、
逆に言うと、
その『助動詞』の内容と、その『動詞(原形など)』の内容がはっきりすれば、
どの『助動詞+動詞(原形など)』も、内容が明らかになります・・・
という理屈ばかりでもあれなので、
もっか、
『英語は「こんなにシンプルに」できている』
という副題で、具体例を材料に、教科書や参考書、一般の文法書とは異なる視点から、発想や構造の説明をしています。
いま、題材にしているのは、
* Under a Crimson Sun (赤色矮星を回る惑星の、生命発生の可能性)
* Great Girls(カナダの女子スポーツ選手の列伝の中の、
アイスホッケーのスタープレーヤー・Hayley Wickenheiser の小伝)
* Justice(ハーバード大 Sandel教授の、社会的な論点の、対立する視点からの検討)
です。
現在、先端技術の若い研究者には、小学生時代から学術論文を愛読していたという方もおられるので、ここでは、特定の年齢層は想定していません。
『ローマ帝国の勢力圏外でヨーロッパ大陸の世界を形成していた、いわゆる蛮族の諸勢力
について』
Among the varied elements [of which the barbarian world was composed], the most irreducible belonged to Ural-Altaic races.
S V
(ローマ帝国の側から見た)蛮族の、もっとも無視できない一派は、ウラル・アルタイ語族に属していた。
One variety <of these races>, <that of the Finns of the north and east,
S
< consisting of tribes, some nomad and others settled, [which inhabited the zone of forests and marshes /between the Arctic Ocean and the Upper Volga,
covering half of modern Russia ] >>, took no part in the invasions.
V O
このうちの、北方と東方のフィン族には、遊牧民も定住民もいて、北極海からヴォルガ川上流域にまたがる、ロシアの半分に当る地域に住み着いており、ローマの領域へは侵入しなかった。
The other variety consisted of peoples <of Eastern and Central Asia>,
S V
<Huns, Avars, Bulgars, Khazars, Petcheneges (Patzinaks), Magyars, Mongols,
[ who were for the most part mere destroyers ]>.
s v c
他は、東アジアおよび中央アジアのフン、マジャール、モンゴルなどの諸族で、おおむね、破壊ばかりをこととしていた。
Fierce and cruel races, knowing only a nomad life and owing no wealth /save
c’
v" o" v" o"
their herds, they obtained their chief means of existence /from war and rapine.
S V O
s'
s"
彼らは凶暴、冷酷で、遊牧の生活しか知らず家畜の群以外の財産を持たず、主な生活の糧は
戦いと略奪から得ていた。
ローマ帝国と対峙した民族というと、すぐ思い浮かぶのは、ウェルキンゲトリクス(Vercingetorix /ヴェルサンジェトリクス)に率いられたガリア(結局、ローマの版図に組み込まれましたが)のケルト族や、北方の森の民ゲルマン人ですが、これらは(今日の)西ヨーロッパに限定された地域の話で、その東方の広漠とした土地にも当然、いろいろな民族がいて、彼らが西へ移動して(今日の)ヨーロッパ世界が騒然とした状況になりましたが、この移動が起こったのは、さらに東方からのフン族(匈奴?)の暴力的な圧力が、玉突きのように西方への移動の衝撃となって伝播したからで、衝撃が行き着いたヨーロッパでは、比較的狭い大陸(というより、大きな半島)の中で衝撃の行き場を求めての、各々の民族の移動が発生してカオス状態となり、ローマ帝国も、広大な領域を持つ故に、その混乱に巻き込まれることになりました。(つづきます)
ところで、『英語はこうできている』というメルマガを、『まぐまぐ』様を通して発行しています(毎月 7日、17日、27日 発行/ 計 600円+消費税)。
動く物体は、物理法則に支配されているので、たとえば自転車でコーナーをできるだけ速く走り抜けるには、直線ではできるだけ速く走り、コーナーの入り口にもっとも近い地点で一気にスピードを落として(直進しようとする勢いを抑える)コーナーをまわり、コーナーを抜けたらいちはやく加速を始める、という手順になるでしょうが
(一気に減速するには、ブレーキを使うのが効果的ですが、その場合は急減速したところへ後続の自転車が追突する恐れがあるので、競輪では、ブレーキを装備せず、後輪が空転しない機構の自転車を使って、ペダルの回転数を落としてスピードを緩めるようにしています。同じ理由で、オートレースのオートバイにはブレーキが無く、減速はエンジンブレーキだけで行ないます)、
これは誰にでも当てはまることで、人によってはまるで走り方が違う、ということはありません。
別に速く走る必要が無くても、このようにすれば、滑りやすい雪道を安全に走れるので、『乗っているうちにうまくなる』のは確かですが、雪道で初めて自転車に乗る人には、一言、『カーブの手前で充分に減速して』と言ってあげるのが親切でしょう。
英語も、慣れることと並行して、簡単な理屈(言葉は誰でも使うものなので、それを成り立たせている仕組みも、複雑怪奇ということはありません)の説明さえあれば、親しみやすいものになります。
言葉は慣れだ、と言って、簡単な説明さえ省いてしまうと、たとえば中一のはじめに出てくる
He rides a bicycle.
が、
can が入ると
He can ride a bicycle.
となって、rides の "s" が消えてしまうことも、なぜそうなのか、 と気になって、その先へ進みづらくなってしまいかねません(実際に、英語に興味と期待を持って学習を始めた人が、疑問文、否定文に do が出てくるあたりから、抵抗を感じるようになる例が少なくないようです)。
rides は、『動詞の現在形』で、
can ride は、『 can(助動詞の現在形)+ ride(動詞の原形)』です。
『現在形』は、『現在』における動きで、『現在』は『時間の流れ』の中にあります。
(『過去形』は、『過去』における動きで、『過去』もやはり、『時間の流れ』の中にあります)
動きの主人公(『主語』)は、必ず『時間の流れ』の中に居ます(あります)。
He は、『動詞の現在形』とつながっているので、『現在』にいます。
逆に言うと、
『現在形』は、『現在』にいる『主語』とかならず結びつきます(というか、
『現在』の主語に結びつくために、『現在形』になっています)。
ところが、『原形』は、『現在形』でも『過去形』でもないので、『現在』に居る主語とも『過去』に居る主語ともつながりません。
よって、『原形』は、『時間の流れ』の外にあります。
『時間の流れ』の外にある『原形』が、『時間の流れ』の中に居る主語につながるには(主語の動きになるには) 、『主語』との間に入って橋渡ししてくれるものが必要で、
それが『助動詞』で、
ここでは can です。
つまり、『助動詞』can は、『時間の流れ』の中と外にまたがって、流れの中と外をつなぐという、特殊なはたらきをしています。
『現在形』は、『現在』に居る主語にしかつながりません。
したがって、この can は、『助動詞の現在形』です。
『原形』は、『助動詞』につながって、(助動詞を通して)はじめて主語につながります。
rides の "s" が消えたのではなく、
(“s” の無い)『原形』が、 can に接続しているのです。
(『動詞の現在形』rides は、『主語』He にしかつながらないので、
can +『動詞の現在形』rides
というつながりは有り得ません。
can は、『主語』ではないからです)
ということなのですが、
大事なのは意味・内容をつかむことだから、『助動詞』だとか『原形』だとかはどうでもいい、という感想もあるかと思います。
ところが、
『時間の流れ』の中の『主語』に、流れの中の『助動詞』がつながり、『助動詞』がさらに流れの外の『動詞(原形など)』につながって、『主語』のうごきを表す、
というのは、『do not の否定文』も、『進行形』も、『完了形』も、『受身(受動態)』も、
さらに、これらが組み合わされた、たとえば『 (現在、過去、未来)完了進行形』も、同じです。
つまり、英語が複雑そうに見えるのは、いろいろな表情の『うごき』を表すために、いろいろな
『助動詞』+『動詞(原形など)』
の組合せがあるからで、
逆に言うと、
その『助動詞』の内容と、その『動詞(原形など)』の内容がはっきりすれば、
どの『助動詞+動詞(原形など)』も、内容が明らかになります・・・
という理屈ばかりでもあれなので、
もっか、
『英語は「こんなにシンプルに」できている』
という副題で、具体例を材料に、教科書や参考書、一般の文法書とは異なる視点から、発想や構造の説明をしています。
いま、題材にしているのは、
* Under a Crimson Sun (赤色矮星を回る惑星の、生命発生の可能性)
* Great Girls(カナダの女子スポーツ選手の列伝の中の、
アイスホッケーのスタープレーヤー・Hayley Wickenheiser の小伝)
* Justice(ハーバード大 Sandel教授の、社会的な論点の、対立する視点からの検討)
です。
現在、先端技術の若い研究者には、小学生時代から学術論文を愛読していたという方もおられるので、ここでは、特定の年齢層は想定していません。
2016年7月27日水曜日
西欧中世のカオス的世界(7)
Life and Work in Medieval Europe P. Boissonnade (p 4, 5) より
What did the empire, then, lack to enable it to resist the new attack of the
O S V
s' v' o' c'
s'' v'' o''
barbarians?
Only a government less hidebound by the rigid forms of a slow bureaucracy ;
only a ruling class more conscious of its duty and of its social mission ;
only military institutions less permeated by the use of mercenary troops ;
only a public spirit less inert, less vitiated by political indifference and by personal
degradation.
Other societies have experienced similar miseries, and have escaped death by
fundamental reforms.
The empire could not, or would not, make them, and it yielded place to the barbarians.
But the civilization which it had created left sufficient trace behind to enable
S V O
o s v s' v'
Europe to escape from a permanent barbarism.
o' c'
s'' v''
ローマ帝国が周辺の蛮族の圧迫に対応するうえで足かせになったもの。
* 敏速に動けない硬直した官僚機構によって機能不全になった政府
* 自らの義務と社会的使命を忘れた支配層
* 多くの傭兵によって支えられた軍事制度
* 政治的無関心と個人の堕落によってもたらされた人々の無気力
他の社会は、同じような社会の落ち込みを経験しても、根本的な改革によって、滅亡を免れた。
ローマ帝国は、根本的な改革ができず、する意志も無く、蛮族に国を明け渡した。
が、ローマ帝国が創り上げた文明は、十分な遺産を残し、それによってヨーロッパはその後は破壊をこうむらずに済んだ。
この本が出版され(1927年)て90年ほど経過しましたが、大航海時代以来、世界を支配したヨーロッパが、その間におこなった周辺部の収奪によって、周囲の貧困化を
招き(たとえば、エボラ出血熱は、栄誉点滴によって体力を維持すれば時間の経過と共に抵抗力が生まれて治癒する可能性があるのに、薬に比べれば遥かに安価な点滴すらできないほど、西アフリカは貧しい)、経済と治安が崩壊した周辺部からヨーロッパへの人の流れが発生して、ヨーロッパ社会がイスラム的要素を受け入れて変質するか、あくまで変質を拒否して壊滅するかの分岐点に立たされるとは、当時は著者も想像だにしなかったと思われます。
『英語はこうできている』というメルマガを、『まぐまぐ』様を通して発行しています(発行人 横山 靖城 よこやま やすむら /月3回、 600円)。
ILC(国際リニアコライダー)をはじめとする国際的な最先端の研究を通して、日本人が人類の未来を明るい方向へ持って行くことに大きく関わっていきそうな情勢ですが、そのためのコミュニケーション・ツールとしての英語の教育は、従来はひたすら暗記を求めるばかりで、とくに、原理・法則によって混沌のなかに筋道を見出そうとする理系の人にとっては、苦痛に感じられることもあるかと思われますが、英語の根本にある発想や組み立てに光を当て、英語とはこういうものだったかと納得することによって、無理をせずに吸収できるようにしたいと思います。
たとえば、『仮定法過去、仮定法過去完了』は、『過去にさかのぼって新たな動きをすることはできない』ことから、動詞・助動詞の『過去形』を用いて『不可能(あるいは、可
能性が低い)』というニュアンスを表現するもので、『仮定法過去完了』も、助動詞に『過去形』"had" を用いるのがポイントで、発想そのものは『仮定法過去』 も『仮定法過去完了』も同じです(というよりも、『仮定法過去完了』は『仮定法過去』の発展型と言えます)。
『不可能、あるいは、可能性が低い』ニュアンスを表す『(カタチのうえでの)過去形』は、過去における動きを表す『(ホンモノの)過去形』とはちがって、現実の世界における動きではなく、使う人の頭の中にある『仮定の世界』における動きを表します。
『仮定の世界』にも、『現在』、『過去』があり、したがって、動詞・助動詞には『現在形』、『過去形』がありますが、その『現在形』、『過去形』は、ともに『過去形』です。
したがって、『仮定法では、「時制の一致」が起こらない』という不思議な現象がありますが、起こらないのではなく、起こっているのですが、『仮定の世界』においては『現在形』も『過去形』もおなじカタチなので、起こっているように見えないのです。
というのが、根本の発想から見た『仮定法』です。
What did the empire, then, lack to enable it to resist the new attack of the
O S V
s' v' o' c'
s'' v'' o''
barbarians?
Only a government less hidebound by the rigid forms of a slow bureaucracy ;
only a ruling class more conscious of its duty and of its social mission ;
only military institutions less permeated by the use of mercenary troops ;
only a public spirit less inert, less vitiated by political indifference and by personal
degradation.
Other societies have experienced similar miseries, and have escaped death by
fundamental reforms.
The empire could not, or would not, make them, and it yielded place to the barbarians.
But the civilization which it had created left sufficient trace behind to enable
S V O
o s v s' v'
Europe to escape from a permanent barbarism.
o' c'
s'' v''
ローマ帝国が周辺の蛮族の圧迫に対応するうえで足かせになったもの。
* 敏速に動けない硬直した官僚機構によって機能不全になった政府
* 自らの義務と社会的使命を忘れた支配層
* 多くの傭兵によって支えられた軍事制度
* 政治的無関心と個人の堕落によってもたらされた人々の無気力
他の社会は、同じような社会の落ち込みを経験しても、根本的な改革によって、滅亡を免れた。
ローマ帝国は、根本的な改革ができず、する意志も無く、蛮族に国を明け渡した。
が、ローマ帝国が創り上げた文明は、十分な遺産を残し、それによってヨーロッパはその後は破壊をこうむらずに済んだ。
この本が出版され(1927年)て90年ほど経過しましたが、大航海時代以来、世界を支配したヨーロッパが、その間におこなった周辺部の収奪によって、周囲の貧困化を
招き(たとえば、エボラ出血熱は、栄誉点滴によって体力を維持すれば時間の経過と共に抵抗力が生まれて治癒する可能性があるのに、薬に比べれば遥かに安価な点滴すらできないほど、西アフリカは貧しい)、経済と治安が崩壊した周辺部からヨーロッパへの人の流れが発生して、ヨーロッパ社会がイスラム的要素を受け入れて変質するか、あくまで変質を拒否して壊滅するかの分岐点に立たされるとは、当時は著者も想像だにしなかったと思われます。
『英語はこうできている』というメルマガを、『まぐまぐ』様を通して発行しています(発行人 横山 靖城 よこやま やすむら /月3回、 600円)。
ILC(国際リニアコライダー)をはじめとする国際的な最先端の研究を通して、日本人が人類の未来を明るい方向へ持って行くことに大きく関わっていきそうな情勢ですが、そのためのコミュニケーション・ツールとしての英語の教育は、従来はひたすら暗記を求めるばかりで、とくに、原理・法則によって混沌のなかに筋道を見出そうとする理系の人にとっては、苦痛に感じられることもあるかと思われますが、英語の根本にある発想や組み立てに光を当て、英語とはこういうものだったかと納得することによって、無理をせずに吸収できるようにしたいと思います。
たとえば、『仮定法過去、仮定法過去完了』は、『過去にさかのぼって新たな動きをすることはできない』ことから、動詞・助動詞の『過去形』を用いて『不可能(あるいは、可
能性が低い)』というニュアンスを表現するもので、『仮定法過去完了』も、助動詞に『過去形』"had" を用いるのがポイントで、発想そのものは『仮定法過去』 も『仮定法過去完了』も同じです(というよりも、『仮定法過去完了』は『仮定法過去』の発展型と言えます)。
『不可能、あるいは、可能性が低い』ニュアンスを表す『(カタチのうえでの)過去形』は、過去における動きを表す『(ホンモノの)過去形』とはちがって、現実の世界における動きではなく、使う人の頭の中にある『仮定の世界』における動きを表します。
『仮定の世界』にも、『現在』、『過去』があり、したがって、動詞・助動詞には『現在形』、『過去形』がありますが、その『現在形』、『過去形』は、ともに『過去形』です。
したがって、『仮定法では、「時制の一致」が起こらない』という不思議な現象がありますが、起こらないのではなく、起こっているのですが、『仮定の世界』においては『現在形』も『過去形』もおなじカタチなので、起こっているように見えないのです。
というのが、根本の発想から見た『仮定法』です。
2016年5月7日土曜日
西欧中世のカオス的世界(6)
"LIFE AND WORK IN MEDIEVAL EUROPE" P. BOISSONNADE
(p 4)
Division of labour had begun. The small urban industry of the workshops had grown up and prospered, side by side with the old domestic industry, which it outshone, and the new capitalistic industry, which was just beginning to emerge.
Finally, the activity of trade maintained itself on the very eve of the invasions, and was promoted by the appearance of more elaborate commercial institutions, the development of instruments of credit and of river transport, the construction of a magnificent network of over 90,000 miles of roads, and the building of great ports. "Every day the world grows more cultivated and more wealthy," wrote an enemy of Roman society. "Everywhere there is commerce, everywhere towns."
様々なかたちの仕事が現れていた。工房を仕事の場とする小規模な都市の工業が成長して栄えており、それは昔からの家内工業と並行しながらもそれを凌ぐようになり、ちょうど姿を現しつつあった新しい資本主義的な産業とも共存した。最終的には、交易活動は異民族の侵入前夜には成立しており、より整った商業制度、信用貸しのような取引手段と河川を使った輸送の発展、九万マイルを超える壮大なネットワークの道路、大規模な港湾の建設によって、後押しされた。『日々、世界はより文明化し、より豊かになる』と、或るローマ社会の敵は書いている。『あらゆるところに商売があり、あらゆるところに都市がある』
日本では、西欧の近代に対応する江戸時代に、西欧と違って乗用の馬車が発達しなかったため、後の自動車製造の基礎になる、シャシーやショック・アブソーバーの技術も発達せず、道も主に歩くためのもので、舗装された道路も現れませんでした。◯◯街道と呼ばれる江戸時代からの幹線道路も、舗装されたのは、戦後の高度成長が本格化してからで、前回の東京オリンピック(1964)が近くなってからではなかったでしょうか。
それを考えると、ローマ帝国の道路網は、信じられないほどに隔絶しています。ホンダが、かつてF1レースに参戦して連戦連勝した時も、エンジンの性能はヨーロッパのメーカーを圧倒したのに、シャシーは、ドライバーが納得するレベルの操縦性をなかなか達成できずに苦労した、と言われるのも、そもそも道路の歴史が違い過ぎるからでしょう。なにしろ、東海道の国道1号線でさえ、戦後も長く舗装されず、当時珍しかった外国製の大型バイクのライダーが数珠つなぎのダンプ10台をごぼう抜きにするという無茶をしたのも、土埃がひどくて息が出来ないのでそうせざるを得なかった、と本人が書いているくらいですから。
明治以降も、人を乗せるために現れたのは鉄道馬車で、道路よりも鉄道の整備が優先されたましたが、塞翁が馬というか、現在では、東京や大阪は、鉄道を乗り換えてゆけばほぼ行きたいところへ行ける、というほどに、線路のネットワークが充実していて(a magnificent network)、自動車を持たなくても困らない街になり、ヨーロッパやその分家(米、豪など)の歴史的な道路先進国の大都市が、交通手段を自動車に頼り過ぎたために慢性的な交通渋滞で二進も三進もいかなくなっているのと、対照をなしています。
ところで、『まぐまぐ』様をとおして、『英語はこうできている』という題のメルマガを発行しています。
現在形、過去形、分詞、不定詞などの基本的な『部品』が、どのようなものなのか、ということや、仮定法や条件の背後にある発想はなにか、というような、中学、高校で触れる基本的な事項がはっきりすれば、英文は分析できる、ということで、目下、
"Under a Crimson Sun"(David S. Stevenson)を扱っていますが、題名通り、赤色矮星(質量が小さいために核融合反応がおだやかで、恒星としては暗いが、その分、きわめて長寿命の星)を回る惑星における生命発生の可能性、という興味深い内容です。
(p 4)
Division of labour had begun. The small urban industry of the workshops had grown up and prospered, side by side with the old domestic industry, which it outshone, and the new capitalistic industry, which was just beginning to emerge.
Finally, the activity of trade maintained itself on the very eve of the invasions, and was promoted by the appearance of more elaborate commercial institutions, the development of instruments of credit and of river transport, the construction of a magnificent network of over 90,000 miles of roads, and the building of great ports. "Every day the world grows more cultivated and more wealthy," wrote an enemy of Roman society. "Everywhere there is commerce, everywhere towns."
様々なかたちの仕事が現れていた。工房を仕事の場とする小規模な都市の工業が成長して栄えており、それは昔からの家内工業と並行しながらもそれを凌ぐようになり、ちょうど姿を現しつつあった新しい資本主義的な産業とも共存した。最終的には、交易活動は異民族の侵入前夜には成立しており、より整った商業制度、信用貸しのような取引手段と河川を使った輸送の発展、九万マイルを超える壮大なネットワークの道路、大規模な港湾の建設によって、後押しされた。『日々、世界はより文明化し、より豊かになる』と、或るローマ社会の敵は書いている。『あらゆるところに商売があり、あらゆるところに都市がある』
日本では、西欧の近代に対応する江戸時代に、西欧と違って乗用の馬車が発達しなかったため、後の自動車製造の基礎になる、シャシーやショック・アブソーバーの技術も発達せず、道も主に歩くためのもので、舗装された道路も現れませんでした。◯◯街道と呼ばれる江戸時代からの幹線道路も、舗装されたのは、戦後の高度成長が本格化してからで、前回の東京オリンピック(1964)が近くなってからではなかったでしょうか。
それを考えると、ローマ帝国の道路網は、信じられないほどに隔絶しています。ホンダが、かつてF1レースに参戦して連戦連勝した時も、エンジンの性能はヨーロッパのメーカーを圧倒したのに、シャシーは、ドライバーが納得するレベルの操縦性をなかなか達成できずに苦労した、と言われるのも、そもそも道路の歴史が違い過ぎるからでしょう。なにしろ、東海道の国道1号線でさえ、戦後も長く舗装されず、当時珍しかった外国製の大型バイクのライダーが数珠つなぎのダンプ10台をごぼう抜きにするという無茶をしたのも、土埃がひどくて息が出来ないのでそうせざるを得なかった、と本人が書いているくらいですから。
明治以降も、人を乗せるために現れたのは鉄道馬車で、道路よりも鉄道の整備が優先されたましたが、塞翁が馬というか、現在では、東京や大阪は、鉄道を乗り換えてゆけばほぼ行きたいところへ行ける、というほどに、線路のネットワークが充実していて(a magnificent network)、自動車を持たなくても困らない街になり、ヨーロッパやその分家(米、豪など)の歴史的な道路先進国の大都市が、交通手段を自動車に頼り過ぎたために慢性的な交通渋滞で二進も三進もいかなくなっているのと、対照をなしています。
ところで、『まぐまぐ』様をとおして、『英語はこうできている』という題のメルマガを発行しています。
現在形、過去形、分詞、不定詞などの基本的な『部品』が、どのようなものなのか、ということや、仮定法や条件の背後にある発想はなにか、というような、中学、高校で触れる基本的な事項がはっきりすれば、英文は分析できる、ということで、目下、
"Under a Crimson Sun"(David S. Stevenson)を扱っていますが、題名通り、赤色矮星(質量が小さいために核融合反応がおだやかで、恒星としては暗いが、その分、きわめて長寿命の星)を回る惑星における生命発生の可能性、という興味深い内容です。
2016年4月13日水曜日
西欧中世のカオス的世界(5)
Life and Work in Medieval Europe (p 4) より
In four centuries Rome had succeeded in transforming the part of Europe which
lay beneath her law into a hive of productive activity.
She had transformed even its outward aspect; forests had been cleared, marshes drained, the land cultivated.
The plough and the spade triumphed over wild nature; cattle-breeding,
corn-growing, the cultivation of industrial plants, fruit-trees, vines, while the field
of Roman colonization grew even wider.
Industrial production outgrew all the results hitherto obtained, as well in the domains of minerals and metallurgy as in those of weaving, leather, earthenware,
and glass.
四つの世紀の間に、ローマ帝国は、ヨーロッパのなかの、ローマの法の支配に服している地域を、生産活動が集積している場に変えることに成功していた。
ローマ帝国は、その風景さえも変質させていた。森は伐り払われ、湿地は排水され、土地は耕されていた。
鋤と鍬は、人の手の入っていなかった自然を征服した。牛を飼育し、穀物を育て、商品作物、果樹、葡萄を栽培したが、その間にも、ローマ帝国の植民地はいっそう広大になった。
工業生産は、それまでに得られた成果を凌いだが、これは、織物、皮革、陶器、ガラスばかりでなく、鉱産物や冶金の分野においても、そうだった。
産業化された農業では、単一品種の、原料になるものばかりを作っていたりするので、近現代においても、事情を知らない外国の軍隊が進駐して食料を得ようとしても、ロープの材料のような食べられないものばかりで、当てが外れて困った、ということもあったようです。
日本におけるこのようなタイプの農業は、大都市の近くでの花の栽培とか、北海道での、その年の大きな需要が見込めそうな作物(たとえば、人参、ジャガイモなど)を大規模に作るとかのやりかたでしょうか。
ともかく、ここに描かれたローマ帝国の様子は、現代における高度成長期の社会に似ているようです。
In four centuries Rome had succeeded in transforming the part of Europe which
lay beneath her law into a hive of productive activity.
She had transformed even its outward aspect; forests had been cleared, marshes drained, the land cultivated.
The plough and the spade triumphed over wild nature; cattle-breeding,
corn-growing, the cultivation of industrial plants, fruit-trees, vines, while the field
of Roman colonization grew even wider.
Industrial production outgrew all the results hitherto obtained, as well in the domains of minerals and metallurgy as in those of weaving, leather, earthenware,
and glass.
四つの世紀の間に、ローマ帝国は、ヨーロッパのなかの、ローマの法の支配に服している地域を、生産活動が集積している場に変えることに成功していた。
ローマ帝国は、その風景さえも変質させていた。森は伐り払われ、湿地は排水され、土地は耕されていた。
鋤と鍬は、人の手の入っていなかった自然を征服した。牛を飼育し、穀物を育て、商品作物、果樹、葡萄を栽培したが、その間にも、ローマ帝国の植民地はいっそう広大になった。
工業生産は、それまでに得られた成果を凌いだが、これは、織物、皮革、陶器、ガラスばかりでなく、鉱産物や冶金の分野においても、そうだった。
産業化された農業では、単一品種の、原料になるものばかりを作っていたりするので、近現代においても、事情を知らない外国の軍隊が進駐して食料を得ようとしても、ロープの材料のような食べられないものばかりで、当てが外れて困った、ということもあったようです。
日本におけるこのようなタイプの農業は、大都市の近くでの花の栽培とか、北海道での、その年の大きな需要が見込めそうな作物(たとえば、人参、ジャガイモなど)を大規模に作るとかのやりかたでしょうか。
ともかく、ここに描かれたローマ帝国の様子は、現代における高度成長期の社会に似ているようです。
2015年5月11日月曜日
西欧中世のカオス的世界(4)
"Life and Work in Medieval Europe" by P.Boissonnade (p2)
内容的には、第2号からの続きです。
(1) It had created the first great political association,formed of several millions of freemen,"brothers and cousins of the Roman people,"who all,since the second century,had enjoyed equal rights,obeyed the same laws,exercised the same civil liberties,and who were protected by an equitable justice,against any superior power other than the state.
(2) It had even,under the influence of the generous ideas of Stoicism and of Christianity,risen to a conception of the brotherhood of man and of a human society formed of all civilized peoples
(3) It had brought with it everywhere the reign of order and of peace,and assured the safety of the peoples over whom it ruled.
(4) Thus it had accomplished a marvelous work of social and economic progress,
the effects of which had hardly disappeared at all in the period of the later empire.
(1) ローマ帝国は、最初の巨大な政治的統合体を創出していた。これは、『ローマ人の兄弟と従兄弟』と言われる数百万の自由民によって形成されたが、彼らは、2世紀以降、平等な権利を謳歌し、同じ法律に従い、同じ市民としての自由の恩恵を受け、また、国家を除くいかなる上位の権力に対しても、公平な正義によって守られていた。
(2) ローマ帝国は、ストア哲学とキリスト教の、懐の深い思想の影響を受けて、人間は兄弟であるとか、全ての文明人によってつくられた人間社会とかの概念にたどり着いていた。
(3) ローマ帝国は、あらゆるところに、秩序と平和の支配をもたらし、統治下の人々の安全を保証していた。
(4) このように、ローマ帝国は、社会と経済の進歩という驚嘆すべき成果を挙げ、その成果は、後半においても少しも影をひそめなかった。
現代の世界でもほとんど実現していないと思われる、このような理念が支配する社会が、
2000年近くも前に存在していたとは驚きです。
ところで、英語がどのように組み立てられているかを検討するメルマガを発行しています。英語は理屈ではない、覚えるしかない(じつは、英語は理屈のカタマリなのですが)と言われてウンザリしている人は、覗いてみて下さい。
メルマガのタイトル『英語はこうできている』
発行人 横山 靖城(よこやま やすむら)
発行システム 『まぐまぐ!』 http://www.mag2.com/
毎月 7日、17日、27日 発行
600円(消費税別)
2014年8月20日水曜日
西欧中世のカオス的世界(3)
"Life and Work in Medieval Europe" by P.Boissonnade を通してヨーロッパの中世の風景を眺めてみようと、これまで、ヨーロッパ中世の基層であるローマ帝国について見て来ましたが、今回は番外編として、Edward Gibbon(18世紀)の
"The History of the Decline and Fall of the Roman Empire"(『ローマ帝国の衰退と崩壊の歴史』)
の冒頭の部分を窓にして、ローマ帝国を概観してみようと思います。
(1)
If a man were called to fix the period in the history of the world, during which the condition of the human race was most happy and prosperous, he would, without hesitation, name that which elapsed
from the death of Domitian to the accession of Commodus.
(2)
The vast extent of the Roman empire was governed by absolute power, under the guidance of
virtue and wisdom.
(3)
The armies were restrained by the firm but gentle hand of four successive emperors, whose
characters and authority commanded involuntary respect.
(4)
The forms of the civil administration were preserved by Nerva, Trajan, Hadrian, and
the Antonines, who delighted in the image of liberty, and were pleased with considering themselves
as the accountable ministers of the law.
(1)
もし人が、世界の歴史のなかで人類のあり方がもっとも幸福で豊かだった時代を特定するように求められたら、ためらうことなく、ドミティアン帝の死からコンモドゥス帝の即位までにわたる時期を挙げるだろう。(AD96〜180)
(2)
ローマ帝国の広大な領域は、徳と知恵という基本姿勢のもと、絶対的な権力によって治められていた。
(3)
軍隊は、四代続いた皇帝たちによって、しっかりと、しかしおだやかに制御されていて、彼らは、その人格と権威によって、自ずからなる尊敬を集めていた。
(4)
力によらない統治の形は、ネルヴァ、トラヤヌス、ハドリアヌス、アントニウス・ピウス、マルクス・アウレリウスの各皇帝によって維持され、彼らは自由というイメージが気に入り、自分たちを、説明の義務を負って法に従う者と好んで考えた。
これは18世紀の見解ですが、(4)のように、自由(liberty)が為政者に意識されていたというのは、古代の巨大帝国においては、極めて珍しいことだと思われます。
古代ローマ人を遠い祖先に持つイタリアの映画監督フェデリコ・フェリーニの作品に、『サテリコン("Fellini Satyricon")』という、古代ローマ世界を描いたものがあります。
ただ、古代ローマの世界を厳密に考証して再現したというよりは、フェリーニが古代の
地中海世界に対して持っているイメージを奔放にふくらませて映像化したもので、たとえば、奴隷出身の大富豪が、大宴会の余興に自身の『葬式ごっこ』をおこなう場面では、般若心経の読経が使われていたり、主人公が牛の怪物ミノタウロスに扮した大男と戦う場面では、観衆があげる歓声に、ケチャック・ダンスのチャッチャッチャッが使われているという具合です。
首尾一貫したストーリーらしいものも無く、主人公たちが、古代ローマ世界を舞台にした幾つものエピソードに、当ても無く漂いながら、行き当たりばったりに巻き込まれていくというカオス的な内容で、フェリーニの作品の中ではもっとも話題になることが少ないどころか、嫌われていると言ってもいい作品かもしれません。
しかし、その混沌とした世界に入り込んで、一緒に漂っていれば、不思議な豊穣さと無常観が感じられて、今まで見た映画のなかでも、もっとも面白いものの一つでした。
こういう野方図な映画なので、これを手がかりに古代ローマの社会の雰囲気を知ろうとするのは無茶なのですが、一つ印象に残るのは、登場人物たちに感じられる、一種の自由な印象です。何が生業かわからないけれども、詩人など、特に束縛されていないらしい人々がうようよいて、ポンペイの町の人々が現代の私たちとある程度重なるような生活をしていたらしいことと考え合わせると、古代社会なりの市民というものがあったように感じられます。
実際は奴隷も大勢いたのですが、映画の最後では、主人が死んで奴隷の身分から解放された黒人青年が、自由になった、と言いながら全身で喜びを表す場面があったり、事実、奴隷が家庭教師として遠慮なく貴族の子弟を叱咤していた例が多いなど、他の古代社会の奴隷とは違っていたようです。
こうした自由の記憶が、ローマ帝国が崩壊した後も伏流水のように受け継がれて、ルネッサンス以降に、表面に出て来たのかもしれません。
この映画が作られたのは、1960年代の末で、欧米ではヒッピーの運動が起っていた、混乱しながらも、なんとなく未来が信じられもした時期でした。そんな時代の空気を反映しているのか、主人公たちも、時として、古代のヒッピーのように見えてしまいます。
ところで、
英文法を、論理的に解明するためのメール・マガジンを出しています。
数学や物理や化学は得意だけれど、英語は理屈じゃないんだひたすら覚えろと言われるばかりでキライだ、という理系志望の人は、覗いてみて下さい。
題名『英語はこうできている』
発行人 横山 靖城(よこやま やすむら)
発行システム 『まぐまぐ!』 http://www.mag2.com/
公式サイト『英文法喜々快々』 http://pointnoshappu.blogspot.com
発行 毎月 7日、17日、27日
費用 月600円(消費税除外で) ただし、最初の月は無料です。
"The History of the Decline and Fall of the Roman Empire"(『ローマ帝国の衰退と崩壊の歴史』)
の冒頭の部分を窓にして、ローマ帝国を概観してみようと思います。
(1)
If a man were called to fix the period in the history of the world, during which the condition of the human race was most happy and prosperous, he would, without hesitation, name that which elapsed
from the death of Domitian to the accession of Commodus.
(2)
The vast extent of the Roman empire was governed by absolute power, under the guidance of
virtue and wisdom.
(3)
The armies were restrained by the firm but gentle hand of four successive emperors, whose
characters and authority commanded involuntary respect.
(4)
The forms of the civil administration were preserved by Nerva, Trajan, Hadrian, and
the Antonines, who delighted in the image of liberty, and were pleased with considering themselves
as the accountable ministers of the law.
(1)
もし人が、世界の歴史のなかで人類のあり方がもっとも幸福で豊かだった時代を特定するように求められたら、ためらうことなく、ドミティアン帝の死からコンモドゥス帝の即位までにわたる時期を挙げるだろう。(AD96〜180)
(2)
ローマ帝国の広大な領域は、徳と知恵という基本姿勢のもと、絶対的な権力によって治められていた。
(3)
軍隊は、四代続いた皇帝たちによって、しっかりと、しかしおだやかに制御されていて、彼らは、その人格と権威によって、自ずからなる尊敬を集めていた。
(4)
力によらない統治の形は、ネルヴァ、トラヤヌス、ハドリアヌス、アントニウス・ピウス、マルクス・アウレリウスの各皇帝によって維持され、彼らは自由というイメージが気に入り、自分たちを、説明の義務を負って法に従う者と好んで考えた。
これは18世紀の見解ですが、(4)のように、自由(liberty)が為政者に意識されていたというのは、古代の巨大帝国においては、極めて珍しいことだと思われます。
古代ローマ人を遠い祖先に持つイタリアの映画監督フェデリコ・フェリーニの作品に、『サテリコン("Fellini Satyricon")』という、古代ローマ世界を描いたものがあります。
ただ、古代ローマの世界を厳密に考証して再現したというよりは、フェリーニが古代の
地中海世界に対して持っているイメージを奔放にふくらませて映像化したもので、たとえば、奴隷出身の大富豪が、大宴会の余興に自身の『葬式ごっこ』をおこなう場面では、般若心経の読経が使われていたり、主人公が牛の怪物ミノタウロスに扮した大男と戦う場面では、観衆があげる歓声に、ケチャック・ダンスのチャッチャッチャッが使われているという具合です。
首尾一貫したストーリーらしいものも無く、主人公たちが、古代ローマ世界を舞台にした幾つものエピソードに、当ても無く漂いながら、行き当たりばったりに巻き込まれていくというカオス的な内容で、フェリーニの作品の中ではもっとも話題になることが少ないどころか、嫌われていると言ってもいい作品かもしれません。
しかし、その混沌とした世界に入り込んで、一緒に漂っていれば、不思議な豊穣さと無常観が感じられて、今まで見た映画のなかでも、もっとも面白いものの一つでした。
こういう野方図な映画なので、これを手がかりに古代ローマの社会の雰囲気を知ろうとするのは無茶なのですが、一つ印象に残るのは、登場人物たちに感じられる、一種の自由な印象です。何が生業かわからないけれども、詩人など、特に束縛されていないらしい人々がうようよいて、ポンペイの町の人々が現代の私たちとある程度重なるような生活をしていたらしいことと考え合わせると、古代社会なりの市民というものがあったように感じられます。
実際は奴隷も大勢いたのですが、映画の最後では、主人が死んで奴隷の身分から解放された黒人青年が、自由になった、と言いながら全身で喜びを表す場面があったり、事実、奴隷が家庭教師として遠慮なく貴族の子弟を叱咤していた例が多いなど、他の古代社会の奴隷とは違っていたようです。
こうした自由の記憶が、ローマ帝国が崩壊した後も伏流水のように受け継がれて、ルネッサンス以降に、表面に出て来たのかもしれません。
この映画が作られたのは、1960年代の末で、欧米ではヒッピーの運動が起っていた、混乱しながらも、なんとなく未来が信じられもした時期でした。そんな時代の空気を反映しているのか、主人公たちも、時として、古代のヒッピーのように見えてしまいます。
ところで、
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